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近畿地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [近畿地区]

幻の植物に思いを馳せて~紀南地方のスナビキソウ~

2026年05月20日
田辺 戸口協子
みなさま、こんにちは。
吉野熊野国立公園 田辺管理官事務所の戸口です。
今年は紀伊半島ではシイの花が豊作だったそうで、街中にも独特の香りが漂っていましたが、それもだいぶ落ち着き、全国的な昼間の気温にもみられるように田辺地域でもすっかり初夏の空気に包まれています。
春の花
シイの花
春の山
春は紀伊半島の山で特に存在感が増すシイ
季節の変化に伴い、5月1日の竹野のAR日記(スナビキソウの開花を待つ | 近畿地方環境事務所 | 環境省)から、海浜性の植物であるスナビキソウの開花が近いことを知りました。
田辺地域でも開花しているものが見られるのではないかと思い調べていたところ、思いがけない事実を知ることになりました。

なんと!!
和歌山県では、スナビキソウはすでに “絶滅種” なのだそうです。
レッドリストやレッドデータブックは、今ではすでに聞き慣れた存在で、絶滅のおそれのある野生生物について記されているものとして知られていると思います。これらには、国際的なもの、国別のもの(日本では環境省レッドリスト・レッドデータブック)、都道府県別のものなどがあり、区域ごとにまとめられています。各区域での絶滅危惧種や生物多様性の保全を推進するうえで、レッドリスト・レッドデータブックは非常に重要な資料です。
(なお、環境省レッドリスト・レッドデータブックの詳細を知りたい場合はこちら→RL/RDB:環境省
今回、スナビキソウについて確認したのは、和歌山県版のレッドデータブックに掲載されているもので(和歌山県レッドデータブック | 和歌山県)、環境省のいきものログから検索しました(いきものログ:環境省)。
環境省でアクティブ・レンジャーの仕事に携わるなかで、これまでに絶滅危惧種(環境省レッドリスト:絶滅危惧ⅠB類、和歌山県レッドリスト:準絶滅危惧)に該当する生物(アカウミガメなど)に触れる機会はありましたが、区域の違いはあるとはいえ、いわゆる「絶滅種」に該当するものを知ったのは初めてでした。
もともと存在していたものが、今はもう存在がない—。
自分の住む地域で既に絶滅してしまっているものを目の当たりにして、少なからず衝撃を受けました。
(なお、国内では竹野自然保護官事務所の報告にあるように、国内において絶滅を危惧する状況ではないため、環境省レッドリストには掲載されていません。)
【環境省レッドリスト】
環境省レッドリスト
(出典:RL/RDB:環境省)
【和歌山県レッドデータブックにおけるカテゴリー】
和歌山県レッドデータブック
(出典:和歌山県レッドデータブック | 和歌山県)
もともと和歌山県にスナビキソウが生息していたことは、この地の知の巨匠である南方熊楠の標本に残されていることからも分かりました。
標本の写真
南方熊楠顕彰館で見せていただいた熊楠によるスナビキソウの標本
各自治体職員や地元の方々から、各地で自然の様子が以前と異なっているという話を伺う機会があります。
今回、私が触れることになったスナビキソウは偶然知ったものではありますが、生物の中には、それほど着目されることなく存在している、あるいはかつて存在していた「普通種」が数多くあります。このような種は、人知れず姿を消していっていることも想像に難くありません。国立公園のような自然豊かな保護地域においても、このような変化は起きています。
田辺管理官事務所の管轄エリアは、大部分が海域とその海岸部分に指定されていて、海岸沿いにある砂浜は、かつてはスナビキソウが生息していた可能性もあります。
絶滅そのものは、地球上に誕生した生物の長い歴史の中で、進化の過程に伴って起こってきた自然な現象でもあります。しかし問題なのは、そのスピードです。かつては人の歩く速度ほどであった絶滅のスピードが、近代以降では飛行機の速度に例えられるほどに加速しており、従来の自然のプロセスとは大きく異なっています。
どこに暮らす、どのような生物が絶滅の危機にあるのかを知ること。そして、それらの生物が絶滅の波の中で失われないようにするためには、あるいは回復させるためには何ができるのか。自然豊かな国立公園を維持し続けるためにも、こうしたことを考えていく必要があると、改めて強く感じました。

参考情報:吉野熊野国立公園として海岸続きである三重県においては、スナビキソウは絶滅危惧Ⅱ類となっているようです。