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近畿地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [近畿地区]

アカウミガメの孵化率調査で感じた衝撃(2)

2024年11月20日
田辺 戸口協子
みなさま、こんにちは。吉野熊野国立公園 田辺管理官事務所の戸口です。
前回の冒頭で、日中に汗ばむ気温であったことをお伝えしてから一転、今週から特に朝夕に、コートはもちろん、手袋・マフラー・ニット帽なども必要な気温まで一気に下がっています。このところの急激な気温変化はジェットコースター並みに思えます。
みなさん、急な気温変化で体調を崩されませんように、お気を付けください。
 
今回は前回に引き続き、みなべ町の千里の浜で日本ウミガメ協議会・みなべ町・LION株式会社の3者により実施された孵化率調査にから見えてきたことについてお伝えします。
 
千里の浜では長年に渡り、日本ウミガメ協議会により千里の浜でのアカウミガメの孵化率の算定がされてきました。その結果として、近年では平均40%程度で推移しているのですが、ここ数年は30%に満たない程度で低迷していて心配されていたところ、今年はさらに10.7%と記録的に低い値となりました。
 
今回の調査に同行した際に直面した、孵化に至らなかった例として、2つ紹介します。
1つめは、熱の影響を強く受けたことで孵化に至らないと考えられるものでした。
孵化率調査では次の写真のように、空気が抜けたボールのような形に変形した卵が、殻が破れないまま残っていました。
孵化率調査
空気が抜けたボールのような形に変形した卵
孵化率調査
巣がまるごと全滅した場所の卵の様子(全体的に赤っぽい色を帯びていた)
その変形した卵を開けてみると、ゆで卵のようにタンパク質が変性していることが分かりました。
孵化率調査
ゆで卵のようになった卵
今回の調査の主催である日本ウミガメ協議会さんによると、このような変性は熱に起因するということです。強烈な日差しが砂を熱し、卵の水分が奪われることで卵が変形し、更に卵の中がゆで卵の黄身のようになったと考えられています。
今回の調査において、孵化前の卵が砂の中で変形・変性して全滅している巣が複数ありました。
これまでの千里の浜の調査でも、条件によっては全滅となる巣もあったそうです。ただ、今回は全滅している巣が複数にわたっていて、熱の影響が顕著であるとのことでした。
2つめは、産卵時の人工的な光がほとんど届かない人気の産卵場所となるエリアにおいて、基底部分が偶然にも粘土質であったことです。基底部が粘土質の土壌となると、下巣部の卵が水に長く浸かってしまうことで呼吸ができなくなったと考えられるものがありました。
みなべ町さんによると、下層部が粘土質であることがわかっている場所は千里の浜全体では一部であるとのことですが、そもそも以前は砂浜に厚みと幅がもっとあったことから、今回のようなことはあまり問題ではありませんでした。
 
この2つの事例から、孵化に至らなかった主な原因として、暑さによる影響が考えられます。近年における気温上昇のなかで、今夏の異常な暑さで太陽の日差しによる熱がより深いところまで伝わったことが考えられます。
それに加え、千里の浜では年々、砂浜が痩せてきていていることが考えられます。特に今年の浜の状態は、遠目に見てもこれまでで一番というくらいの痩せ方でした。本来であれば砂浜の砂の層が厚く、もっと深いところに産めるはずが、十分な厚さ(深さ)がなかったこと考えられます。
ウミガメは、孵化までの間の砂の温度によって性比が定まる動物であるため、地球温暖化に伴う気温変化により性比の偏りが生じることはこれまでも懸念されていましたが、今回のこの現状は性比の偏りの懸念を通り越して、種の絶滅・生物多様性の損失につながるもので、大変強い衝撃でした。
 
ウミガメにとって、命のバトンは砂浜の環境に委ねられています。
今回直面した気温上昇による影響と砂浜の減退。これらはどちらも人間活動によるものが原因であることが考えられます。ここまで進んだ状況を目の当たりにすると、言葉が出ません。
しかし、元気に旅立った数少ない子ガメが少しでも良い環境で育ち、生まれた浜で命のバトンを繋いでくれることに希望を託すためにも、このような現状を心に留め、人を含めた生きものが共存できる環境を取り戻すための行動をしていく他ありません。
この記事に目を留めていただいた方々にも、自然環境に目を向け、自身の生活の中でできることを考え、行動に移すきっかけになればと思います。
孵化率調査
未成熟のまま孵化に至らなかった子ガメ