アクティブ・レンジャー日記 [近畿地区]
六甲山の龍を探して
2024年01月15日
神戸
皆さま、こんにちは。神戸自然保護官事務所の中村です。2024年になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
写真は瀬戸内海国立公園西播地域、たつの市の新舞子浜から望む朝日です。私の執筆するAR日記にたびたび登場する新舞子浜は、遠浅のため干潮時に形成される波模様が美しく、朝日に照らされた様子は「黄金の干潟」と呼ばれ、地元の人々に愛されています。特に元旦には新舞子浜に初日の出を見に来られる方が多く、初日の出スポットとしても人気が高い場所です。
さて、話は変わりますが今年の干支は辰(龍)ということで、神戸自然保護官事務所から六甲山の辰(龍)を紹介したいと思います。
さて、話は変わりますが今年の干支は辰(龍)ということで、神戸自然保護官事務所から六甲山の辰(龍)を紹介したいと思います。
弘法大師空海の大願成就のお寺?大龍寺とは
こちらは、六甲山系の再度山頂上付近のお寺、大龍寺(正式名称:別格本山再度山大龍寺)です。
さすがの六甲でも架空生物のドラゴンはいませんでしたが、この大龍寺の歴史も非常に由緒あるもの。大龍寺の名称は、西暦768年、和気清麻呂が道鏡の刺客に襲われそうになった際に、突如として大龍が現れて、命を助けられた後にこの地に開山したことに由来すると伝わっています。また大龍寺は有名な弘法大師空海の大願成就の寺として知られています。
さすがの六甲でも架空生物のドラゴンはいませんでしたが、この大龍寺の歴史も非常に由緒あるもの。大龍寺の名称は、西暦768年、和気清麻呂が道鏡の刺客に襲われそうになった際に、突如として大龍が現れて、命を助けられた後にこの地に開山したことに由来すると伝わっています。また大龍寺は有名な弘法大師空海の大願成就の寺として知られています。
大龍寺は、若き日の弘法大師・空海が唐に渡る前と、無事唐で学びを得て日本に戻ってきてからの2度、参詣したといわれています。大龍寺が建造されている場所の地名となっている「再度山」という名前も、空海が大龍寺を2度(再度)訪れたことに由来しており、空海が当時歩いた山道(神戸市中央区の諏訪神社から大龍寺までを結ぶ道)は「大師道」と呼ばれ、現在も登山者や参拝者に利用されています。
そんな非常に歴史の深い大龍寺ですが、自然的な観点から見ても重要な場所。皆伐が進み原生の自然が残っている場所が少ない六甲山地ですが、大龍寺周辺の自然は社寺林として当時から守られてきました。大龍寺境内に残るスダジイ・アカガシ林は、瀬戸内海国立公園の特別保護地区としても指定され、現代にいたるまで保護されています。
大龍寺の歴史、自然について紹介いたしましたが、いかがでしたでしょうか。興味を持っていただけた方は、一度足を運んでみてくださいね。
重ね重ねになりますが、本年もAR日記をよろしくお願いいたします。
重ね重ねになりますが、本年もAR日記をよろしくお願いいたします。