アクティブ・レンジャー日記 [近畿地区]
地元力(じもとぢから) 【その他】
2007年08月29日
熊野
みなさんこんにちは!
今日の日記は、熊野から鈴木がお届けします。
吉野熊野国立公園の南端には、橋杭岩という場所があります。そこには弘法大師と天の邪鬼の伝説があり、離れ小島であった紀伊大島と串本の町をつなぐ橋を架ける競争をしたと伝わっています。結局、その競争は中途半端な状態で終わってしまったのですが、その名残が橋杭岩と言われています。
写真:橋杭岩(2001.7.11三浦氏撮影)
この伝説も面白いのですが、地質学的には、1400万年前に大峰山脈や那智から熊野に至る地域で火成活動が起こり、北北西?南南東の方向にのびる地層の割れ目にそってマグマが上昇して冷えかたまり、橋杭岩のもとになる岩脈が出来たと言われています。
アクティブ・レンジャーという仕事をしていると、地元の方のちからに驚かされることが多々あります。橋杭岩では、熱心に自然解説等の活動をされている谷口さんが、ほぼ毎日、観光客の方を中心に橋杭岩の伝説と地質の話を語ってくれています。
写真:橋杭岩の谷口さん(2007.4.25撮影)
橋杭岩は、満潮時と干潮時でその風景が一変します(写真上が満潮時、下が干潮時)。自然解説もまたしかり!説明を聞く前と後では、印象がだいぶ違ってくることがよくありますよね。自然解説などの活動をされている地元の方々に、感謝感謝です。
今日の日記は、熊野から鈴木がお届けします。
吉野熊野国立公園の南端には、橋杭岩という場所があります。そこには弘法大師と天の邪鬼の伝説があり、離れ小島であった紀伊大島と串本の町をつなぐ橋を架ける競争をしたと伝わっています。結局、その競争は中途半端な状態で終わってしまったのですが、その名残が橋杭岩と言われています。
写真:橋杭岩(2001.7.11三浦氏撮影)
この伝説も面白いのですが、地質学的には、1400万年前に大峰山脈や那智から熊野に至る地域で火成活動が起こり、北北西?南南東の方向にのびる地層の割れ目にそってマグマが上昇して冷えかたまり、橋杭岩のもとになる岩脈が出来たと言われています。
アクティブ・レンジャーという仕事をしていると、地元の方のちからに驚かされることが多々あります。橋杭岩では、熱心に自然解説等の活動をされている谷口さんが、ほぼ毎日、観光客の方を中心に橋杭岩の伝説と地質の話を語ってくれています。
写真:橋杭岩の谷口さん(2007.4.25撮影)
橋杭岩は、満潮時と干潮時でその風景が一変します(写真上が満潮時、下が干潮時)。自然解説もまたしかり!説明を聞く前と後では、印象がだいぶ違ってくることがよくありますよね。自然解説などの活動をされている地元の方々に、感謝感謝です。