国立公園になって何が変わったの?
A.保護と利用の計画を定めた公園計画が決定し、開発から守られることとなり、その上で、多くの人が訪れやすいような整備が進みました。
国立公園指定と利用者の増加<戦前期>
岸田日出男を中心とした吉野熊野における国立公園指定の運動により、昭和11(1936)年2月、大台ヶ原を含む吉野熊野地区が国立公園となりました。昭和15(1940)年には吉野熊野国立公園の保護、利用の計画を定めた公園計画が決定し、その中で大台ヶ原地区が特別地域に指定されました。 また、施設設備の面では、同年に大杉谷探勝路が開設され、翌年には関西急行(現近鉄)青年寮(現桃の木小屋)が開設されるなど、増加する利用者を受け入れるための整備が進められました。
写真提供:成瀬匡章氏(奈良県立図書情報館今昔写真WEB蔵)
